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極真空手を学ぶ意義

2018/08/16
約束組手

埼玉の春日部で空手の道場を開設しております、極真館春日部支部の青木です。

春日部市内の大沼に春日部道場、大畑に武里道場、新宿新田に庄和道場の常設道場で幼年から壮年まで指導をしております。

本日は私の師匠であります極真館館長の盧山初雄館長が、「極真空手を学ぶ意義について」著書「ジュニア極真空手入門」のなかに書かれている文章を抜粋したいと思います。以下抜粋です。

極真空手を学ぶ意義について

私がみなさんにもっとも伝えたいのは、極真空手は「武道」であるということ。そして武道の本来の意味をしっかりと理解してほしいということです。

 武道とは相手と戦うための技術を身につけることです。だだし、ここで勘違いをしていけないのは、他人と戦うために武道を学ぶのではないということです。

 私の師匠であり、極真空手の創始者である大山倍達先生は、いつもこのようなことをおっしゃっておられました。「実際に戦うための刀は、常に磨いておかなくてはならない。だだし、それを一生使わないでおくことが、もっともいいことだ。」

 この言葉には、私がみなさんに伝えたい「武道本来の意味」のすべてがこめられています。刀をみなさんが学んでいる極真空手におきかえればわかりやすいでしょう。稽古でいつでも相手と戦える技術を磨きながらも、それを実際に使う前に、まずは未然に防ごうとする心がけがなによりも大切なのです。

 武道で学ぶのが戦うための技術である以上、一見矛盾しているように感じるかもしれません。しかし、武道を学ぶ人にとって、実際に相手と拳を交える行為は、最悪の結果につながることをおぼえておいて下さい。

 では、空手の技を使わずに争いを未然に防ぐにはどうすればよいのでしょうか?それは、自分から好んで危ない場所にいかない、夜道をひとりで歩かないなど、危険な目にあわないようにつね日頃から心がけることです。危険な目にあってから対応するのではなく、危険な目にあわないための防衛対策を先に考えることこそが本当の武道家のあるべき姿なのです。

武道を学ぶということは、このような意義を学ぶことでもあります。極真空手の厳しい稽古をとおして、実際に戦う技術をこえ、さまざまなことに対する危機意識を養うことができるのです。以上抜粋終わり。

これから極真空手をはじめてみようと思う人の参考になれば幸いです。